【実践】Webデザイナーがデザイン思考を取り入れる挑戦ロードマップ
Webデザイナーとして日々の業務に携わる中で、次にどのようなステップに進むべきか、あるいは自身のスキルセットをどのようにアップデートしていくべきか、といったキャリアの方向性について悩むことがあるかもしれません。技術は常に進化し、求められる役割も変化しています。このような状況下で、単に最新のツールや技術を追いかけるだけでなく、より本質的な問題解決能力や、ユーザー体験全体を設計する視点を身につけたいと考える方もいらっしゃるのではないでしょうか。
そこで、Webデザイナーのキャリアを次のレベルへ引き上げる可能性を秘めた「デザイン思考」という概念への挑戦を提案します。デザイン思考は、デザイナーだけでなくビジネスパーソンや教育者など、多様な分野で活用されているアプローチであり、これを学ぶことで、Webデザインの範疇を超えた課題解決に貢献できるようになります。この記事では、デザイン思考とは何か、なぜWebデザイナーにとって重要なのか、そしてそれを学び、実践していくための具体的なロードマップについて解説します。
デザイン思考とは何か
デザイン思考(Design Thinking)は、デザイナーがデザインを行うプロセスで行っている思考法やアプローチを、デザイン以外の分野での問題解決に活用する考え方です。スタンフォード大学のHasso Plattner Institute of Design(通称d.school)が提唱するモデルが有名で、一般的には以下の5つのステップ(共感、定義、アイデア創出、プロトタイプ、テスト)を反復的に行うプロセスと理解されています。
- 共感(Empathize): ユーザーの立場に立ち、ニーズや課題、インサイトを深く理解します。インタビューや観察、ジャーニーマップなどの手法を用います。
- 定義(Define): 共感のステップで得られた情報に基づき、解決すべき真の課題を明確に定義します。この課題定義がその後のアイデア創出の指針となります。
- アイデア創出(Ideate): 定義された課題に対して、既成概念にとらわれず自由な発想で多様なアイデアを生み出します。ブレインストーミングなどが代表的な手法です。
- プロトタイプ(Prototype): 生み出されたアイデアの中から有望なものを形にしてみます。ワイヤーフレーム、モックアップ、簡単なストーリーボードなど、アイデアを検証可能な形にします。
- テスト(Test): 作成したプロトタイプを実際のユーザーに使ってもらい、フィードバックを収集します。このテスト結果を受けて、定義に戻り課題を見直したり、アイデアを再考したりと、プロセスを繰り返します。
このプロセスは線形的ではなく、各ステップを行き来する反復的な性質を持っています。ユーザーを中心に置き、失敗を恐れずに素早くプロトタイプを作り、テストを通じて学びを得ながら改善を進める点が特徴です。
なぜWebデザイナーにデザイン思考が必要なのか
Webデザイナーの仕事は、単に見た目の美しいデザインを作成することだけではありません。ユーザーがサービスや製品を通じてどのような体験を得るか、そしてそれがビジネス目標にどう貢献するか、といったより広範な視点が求められるようになっています。デザイン思考は、このような時代の変化に対応するために非常に有効なアプローチとなります。
- ユーザーへの深い理解: デザイン思考の「共感」のステップは、ターゲットユーザーを深く理解することに重点を置きます。これにより、表面的なニーズだけでなく、潜在的な課題や感情にも寄り添った、真にユーザー中心のデザインが可能になります。
- 課題の本質を見抜く力: 定義のステップを通じて、デザインの依頼や要求の背景にある真のビジネス課題やユーザー課題を明確にします。これにより、単に言われた通りに作るのではなく、「なぜ作るのか」「何を解決したいのか」を理解し、より効果的なソリューションを提案できるようになります。
- 創造的な問題解決: アイデア創出のステップは、多様な視点から多くの可能性を探ることを奨励します。これにより、既存の枠にとらわれない、革新的なアイデアを生み出す力が養われます。
- 反復による品質向上: プロトタイプとテストを繰り返すアプローチは、初期段階で課題を発見し、手戻りを最小限に抑えながらデザインの品質を高めることに繋がります。
- チームでの協業促進: デザイン思考は、多様なバックグラウンドを持つメンバーとの協業を前提としています。デザイナーがデザイン思考を理解し活用することで、企画、開発、マーケティングなどのチームメンバーと共通言語を持ち、建設的な議論を通じてプロジェクトを推進しやすくなります。
- キャリアの幅を広げる: デザイン思考のスキルは、Webデザインの領域に留まりません。サービス設計、プロダクト開発、組織文化の改善など、幅広い分野で応用可能です。これにより、Webデザイナーとしての専門性を深めつつ、プロダクトマネージャーやUXストラテジストといった隣接領域へのキャリアパスも視野に入れることができるようになります。
キャリアの方向性が見えないと感じている場合、デザイン思考を学ぶことは、自身の役割を再定義し、新しい分野への挑戦の足がかりとなる可能性があります。
デザイン思考を取り入れる挑戦ロードマップ
デザイン思考を学び、自身のスキルとして身につけるためには、段階的なアプローチが有効です。以下に、Webデザイナーがデザイン思考に挑戦するためのロードマップを提案します。
ステップ1:デザイン思考の基本を理解する
まずはデザイン思考の基本的な考え方、プロセス、主要なツールやフレームワークについて学びます。
- 書籍を読む: デザイン思考に関する入門書や実践事例集を読み、全体像を把握します。『デザイン思考の教科書』や『デザイン思考が世界を変える』といった書籍が参考になります。
- オンラインコースを受講する: CourseraやUdemy、edXなどのプラットフォームで提供されているデザイン思考に関するオンラインコースは、体系的に学ぶ上で役立ちます。スタンフォードd.schoolやIDEOなどの著名な機関・企業が提供するコースも存在します。
- ブログや記事を読む: デザイン思考の専門家や実践者が書いたブログ、記事を読むことで、最新の動向や具体的な実践例を知ることができます。
- 入門的なワークショップに参加する: デザイン思考の体験型ワークショップは、座学だけでなく実践的な雰囲気を掴むのに有効です。
この段階では、完璧な理解を目指す必要はありません。まずは「どのような考え方で、何をしようとしているのか」といった大枠を掴むことを目標とします。
ステップ2:小さなプロジェクトで実践してみる
知識を得たら、実際に手を動かしてデザイン思考のプロセスを体験してみます。
- 身近な課題を設定する: 自分の職場や日常生活の中で、小さな課題を見つけてみます。例えば、「チーム内のコミュニケーションを改善するには?」「特定のツールの使いにくさを解消するには?」など、比較的小規模で、自分自身や身近な人たちが関わるテーマが適しています。
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デザイン思考の各ステップを適用する:
- 共感: 課題に関連する同僚や友人、家族などにインタビューを行い、彼らの状況や感情を深く理解しようと努めます。ペルソナや共感マップを作成してみるのも良いでしょう。
- 定義: インタビューで得られた情報から、真に解決すべき課題を「〇〇なユーザーは、〜〜という状況で困っている。それはなぜなら〜〜だからだ。」といった形式で明確に定義します。
- アイデア創出: 定義された課題に対して、ブレインストーミングなどを用いて、できるだけ多くの多様な解決策のアイデアを生み出します。実現可能性は一旦忘れ、自由な発想を心がけます。
- プロトタイプ: 生まれたアイデアの中からいくつかを選び、簡単な形で表現してみます。例えば、新しいツールの使い方を説明するストーリーボード、コミュニケーション改善のためのルールのラフ案など、形は問いません。
- テスト: 作成したプロトタイプを、課題に関わる人に見せたり試してもらったりして、率直なフィードバックを求めます。
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プロセスを繰り返す: テストで得られたフィードバックをもとに、課題の定義に戻ったり、新しいアイデアを考えたりと、プロセスを繰り返します。最初から完璧を目指さず、まずは一周することを目標に、気軽に試してみることが重要です。
この段階での失敗は学びの機会です。うまくいかなくても落ち込まず、「なぜうまくいかなかったのか」を考え、次に活かす姿勢が大切です。
ステップ3:ツールやフレームワークを活用する
デザイン思考の実践を助ける様々なツールやフレームワークを試してみます。
- ペルソナ作成: ターゲットユーザーの理解を深めるために、より詳細なペルソナを作成してみます。
- カスタマージャーニーマップ作成: ユーザーが目標を達成するまでのプロセスを視覚化し、タッチポイントでの感情や課題を洗い出します。
- サービスブループリント作成: ユーザー体験の裏側にある組織やシステム、人の動きを含めてサービス全体を設計します。
- MVP (Minimum Viable Product) の考え方: 最小限の機能を持つ製品やサービスを素早く作り、市場やユーザーの反応を見て改善していくアプローチを理解し、プロトタイピングに応用します。
これらのツールやフレームワークは、デザイン思考の各ステップをより体系的かつ効果的に進めるために役立ちます。全てを一度に学ぶ必要はなく、必要に応じて取り入れていくのが良いでしょう。
ステップ4:チームや顧客との協業で活用する
デザイン思考は、個人だけでなくチームで実践することで、より大きな力を発揮します。
- チームメンバーにデザイン思考の考え方を共有する: チーム内で簡単な勉強会を開いたり、プロジェクトの一部にデザイン思考のワークを取り入れたりすることを提案してみます。
- 顧客やステークホルダーを巻き込む: ユーザーインタビューや共同でのアイデアソンなど、顧客や関係者をデザインプロセスに巻き込むことで、より深い共感を得たり、彼らのニーズに合ったソリューションを生み出したりすることができます。
- ファシリテーションスキルを学ぶ: チームやワークショップでデザイン思考を進めるためには、参加者の意見を引き出し、議論を円滑に進めるファシリテーションのスキルが役立ちます。関連書籍やワークショップを通じて学ぶことができます。
チームでの実践は、個人のスキルアップだけでなく、組織全体の課題解決能力を高めることにも繋がります。
ステップ5:継続的な学習と実践
デザイン思考は一度学べば終わりではなく、継続的に実践し、学び続けることが重要です。
- 多様な分野のデザイン思考事例を学ぶ: Webデザイン以外の分野(医療、教育、行政など)でのデザイン思考の応用事例を学ぶことで、自身の視野を広げることができます。
- フィードバックを積極的に求める: 自身のデザイン思考プロセスや成果物について、同僚やメンターからフィードバックを求め、改善に活かします。
- 自分なりのスタイルを確立する: 繰り返し実践する中で、自分にとってやりやすいアプローチや、得意なステップを見つけていきます。
デザイン思考への挑戦は、キャリアの幅を広げ、より大きな課題に取り組むための強力な武器を与えてくれます。
挑戦に伴う可能性と注意点
デザイン思考を学ぶ挑戦は、Webデザイナーとしての視座を高め、新しい価値を創造する可能性を秘めています。ユーザーの真のニーズを捉え、より本質的なソリューションを提案できるようになることで、自身の仕事への満足度を高め、チームや組織からの評価向上にも繋がり得るでしょう。また、前述の通り、キャリアパスの選択肢を広げることにも貢献します。
一方で、この挑戦には時間がかかること、そして抽象的な概念を具体的な行動に落とし込む難しさがあることを理解しておく必要があります。また、所属する組織の文化によっては、新しいアプローチを取り入れることに抵抗がある場合もあります。デザイン思考は万能薬ではなく、適用すべき課題や状況を見極める discernment も必要です。
しかし、小さなステップから始め、継続的に実践していくことで、確実に自身のスキルセットは広がります。最も重要なのは、完璧を目指すのではなく、まずは一歩踏み出し、学びのプロセスを楽しむことです。
まとめ
Webデザイナーがキャリアの壁を越え、自身の可能性を広げるための挑戦の一つとして、デザイン思考の習得は非常に有効です。ユーザーへの深い共感から始まり、課題の定義、多様なアイデア創出、そして素早いプロトタイピングとテストを繰り返すこのアプローチは、Webデザインの枠を超えた問題解決能力を養い、サービスやプロダクト全体への貢献を可能にします。
この記事で提示したロードマップが、デザイン思考への挑戦を始めるきっかけとなれば幸いです。書籍やオンラインコースでの学習から始め、身近な課題での実践を通じて経験を積み、ツールやフレームワークを活用しながら、最終的にはチームや顧客との協業でそのスキルを活かしていくことができます。
挑戦には困難も伴いますが、デザイン思考を身につけることは、あなたのキャリアをより豊かなものにし、「私を変える挑戦」として確かに実を結ぶことでしょう。まずは小さな一歩から、デザイン思考の世界に飛び込んでみてはいかがでしょうか。